最終更新: 2026-10-27
甘辛いたれをまとった串団子として日本全国で親しまれているみたらし団子。しかし「みたらし」という名前が京都の神社の池にちなむこと、そして関東と関西でたれの味も団子の数もまったく違うことは、意外と知られていません。この記事では、みたらし団子の名前の由来、発祥にまつわる伝承、現在の形が生まれた経緯を一次資料で確認しながら整理します。
みたらし団子とは?基本情報を一覧で確認

みたらし団子は、小さく丸めた団子を串に刺して焼き、砂糖醤油にとろみをつけたたれをかけた和菓子です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 分類 | 団子(たれ団子) |
| 主な原材料 | 団子粉(上新粉など)、砂糖、醤油、片栗粉(たれ用) |
| 発祥地 | 京都市左京区・下鴨神社(糺の森) |
| 名前の表記 | 御手洗団子(みたらしだんご) |
| 地域による違い | 串の団子数(関東4個、関西3〜5個)、たれの味付け |
名前の由来:下鴨神社の「御手洗池」にちなむ

みたらし団子は漢字で「御手洗団子」と書きます。「御手洗(みたらし)」はもともと神社で参拝者が手や口を清める場所を指す言葉で、「御(み)」+「手洗(たらし)」で「お手を清める所」を意味するとされています(kotoba-ashiato「みたらし団子の語源」、2026-10-27確認)。
この名前は、京都市左京区にある下鴨神社の境内、糺の森にある「御手洗池(みたらしのいけ)」にちなむと伝えられています。御手洗池は土用になると池の周辺や川底から清水が湧き出ることで知られ、「鴨の七不思議」のひとつに数えられています(下鴨神社公式サイト、2026-10-27確認)。みたらし団子はもともと、この池のほとりで行われる「御手洗祭(足つけ神事)」に供える供物として作られていたとされています(kotoba-ashiato「みたらし団子の語源」、2026-10-27確認)。
串に団子を5つ刺す伝承:後醍醐天皇と「一つ+四つ」の泡

みたらし団子の原型が生まれた経緯については、次のような伝承が伝わっています。鎌倉時代末期、後醍醐天皇が御手洗池の水をすくおうとしたところ、最初に大きな泡がひとつ浮かび、少し間を置いて4つの小さな泡が浮かび上がったといいます。この「一つ+四つ」の泡を人の姿に見立てて団子で表現したのが、みたらし団子の原型になったと伝えられています(tenki.jp「五体を表す1串5個のみたらし団子」、2026-10-27確認)。
この伝承に基づく団子の配置では、串先の1個が頭部、その下に少し間を空けた4個が両手・両足(胴体)を表し、五体をかたどった形になっています。下鴨神社では現在も、この5個刺しの団子を厄除けの人形に見立て、祈祷を受けてから持ち帰って食べる風習が伝わっています(tenki.jp「五体を表す1串5個のみたらし団子」、2026-10-27確認)。ただし、これはあくまで寺社に伝わる由来譚であり、史料で年代が確定された記録ではない点に留意が必要です。
現在のたれ付き団子を売り始めたのは大正時代の「加茂みたらし茶屋」

神前に供えられていた団子は、もとは祈祷後に醤油を塗った、シンプルな白い団子として食べられていました。これに砂糖醤油のとろみたれをかけて売る、現在のみたらし団子の形を確立したのが、下鴨神社の門前にある「加茂みたらし茶屋」です。同店は大正11年(1922年)に創業し、お団子にたれを掛けて販売したのが、現在のみたらし団子の誕生とされています(smartmagazine「発祥の地で食べるみたらし団子 京都下鴨の加茂みたらし茶屋」、2026-10-27確認)。砂糖醤油に片栗粉でとろみをつけたたれが定着したのは江戸時代以降と考えられており、現在のような甘辛いたれの形に整えられたのが大正期というのが、各資料に共通する流れです(kotoba-ashiato「みたらし団子の語源」、2026-10-27確認)。
関東は4個、関西は3個・5個が多い理由

串に刺す団子の数は地域で異なり、関東では4個が主流、関西では3個や5個が多く見られます。この違いには、江戸時代の貨幣事情が関係しているとされています。1678年に4文銭が作られるようになると、16文・24文など4の倍数が物の価格として定着し、それに合わせて串団子の数も5つから採算の合う4つに変化していったといわれています(fukusuke-net「串団子の発祥と歴史【関東と関西の違いも】」、2026-10-27確認)。
一方、関西では奇数が好まれる傾向があります。割り切れない数字が慶事で重宝されること、陰陽道で奇数(陽)が縁起が良いとされることなどが理由とされています(同、2026-10-27確認)。下鴨神社に伝わる5個刺しも、この奇数の系譜にあります。
関東・関西・九州、たれの味もこんなに違う
団子の数だけでなく、たれの味付けにも地域差があります。2014年に関東・関西・九州のみたらし団子を食べ比べた記事では、次のような違いが報告されています(マイナビニュース「味や食感に地域差が! 関東・関西・九州の『みたらし団子』を食べ比べてみた」、2026-10-27確認)。
| 地域 | たれの特徴 | 団子の食感 |
|---|---|---|
| 関東 | 2種類の醤油をブレンドした濃い目のたれ。甘みも塩みも強め | コシが強く歯ごたえがある |
| 関西 | 昆布だし仕立てで、はちみつのような薄い色合い。上品で薄味 | 柔らかい |
| 九州 | 魚介だしをきかせた特製和風だれ。うまみが強い | 歯切れが良い |
関東の濃い醤油だれは、同じ関東が主流とされる串団子の数(4個)同様、はっきりした味わいを好む食文化と合致しています。一方、関西の上品な薄味は、だし文化の影響が色濃く表れた結果といえるでしょう。
和生菓子の出荷額、京都府は全国8位
みたらし団子の発祥地である京都府は、和生菓子の出荷額でも全国上位に位置しています。経済産業省 経済構造実態調査(2022年、品目編)によると、和生菓子の出荷金額は京都府が211億3,500万円で、都道府県別では全国8位です(全国計は4,507億1,500万円)。みたらし団子をはじめ、和菓子の生産・消費が根付いた土地であることがうかがえます。
まとめ:みたらし団子は神社の池の伝承から生まれ、地域ごとに形を変えた
- 「みたらし団子」は漢字で「御手洗団子」と書き、下鴨神社の境内にある「御手洗池」にちなむ名前とされる
- 鎌倉時代末期、後醍醐天皇が御手洗池で見た「一つ+四つ」の泡を人の姿に見立てたのが団子の原型という伝承が伝わる(史料で年代が確定した記録ではない)
- 現在のたれ付き団子の形を確立したのは、下鴨神社門前の「加茂みたらし茶屋」(大正11年・1922年創業)
- 串の団子数は関東が4個、関西が3個・5個と異なり、江戸時代の貨幣事情や奇数を縁起よしとする考え方が背景にあるとされる
- たれの味も関東(濃い醤油)・関西(昆布だし)・九州(魚介だし)で違いがある
和菓子の種類について他にも知りたい方は、今川焼きとは?やういろうとは?、たい焼きとは?の記事も参考にしてください。団子の作り方を知りたい方は白玉団子の作り方や月見団子の作り方もご覧ください。和菓子全体の分類を知りたい方は和菓子の種類を徹底解説もご参照ください。
参考情報
- kotoba-ashiato「『みたらし団子』の語源は下鴨神社の御手洗?京都発祥の団子の由来」(https://kotoba-ashiato.com/blog/mitarashidango/、2026-10-27確認)
- 下鴨神社公式サイト「契約のお社」(御手洗池・鴨の七不思議の記述、https://www.shimogamo-jinja.or.jp/oharai、2026-10-27確認)
- tenki.jp「五体を表す1串5個のみたらし団子は、厄除けの身代わり人形だった!」(日本気象協会、2015年11月2日、https://tenki.jp/suppl/m_nakamura/2015/11/02/7411.html、2026-10-27確認)
- smartmagazine「発祥の地で食べるみたらし団子 京都下鴨の加茂みたらし茶屋」(https://www.smartmagazine.jp/kansai/article/meal/2311/、2026-10-27確認)
- fukusuke-net「なぜ数が違う?串団子の発祥と歴史【関東と関西の違いも】」(https://fukusuke-net.co.jp/column/28/、2026-10-27確認)
- マイナビニュース「味や食感に地域差が! 関東・関西・九州の『みたらし団子』を食べ比べてみた」(2014年6月11日、https://news.mynavi.jp/article/20140611-mitarashidango/、2026-10-27確認)
- 経済産業省・総務省「経済構造実態調査」2022年、品目編 — 都道府県別の和生菓子出荷金額(e-Stat 政府統計の総合窓口、https://www.e-stat.go.jp/)


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