最終更新: 2026-11-02
沖縄土産の定番「ちんすこう」は、小麦粉・砂糖・ラードを練って焼いた素朴な焼き菓子です。見た目はクッキーに近く、小豆餡を主役にする本土の和菓子とは原材料も製法もかなり違います。実はちんすこうは、学術的・分類上は「和菓子」ではなく「琉球菓子」という独自のジャンルに位置づけられています。この記事では、中国から伝わった由来、今の形になった近代化の経緯、そして「ちんすこう」という名前を守るために起きた商標の騒動まで、一次資料で確認しながら解説します。
ちんすこうとは?基本情報を一覧で確認

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 主原料 | 小麦粉・砂糖・ラード(以前は米粉、近年は片栗粉を使う製品もある) |
| 分類 | 琉球菓子(本土の和菓子・洋菓子とは別系統) |
| 名前の由来 | 中国語表記「金楚糕(きんそこう)」が琉球の発音で変化したとされる |
| 起源 | 琉球王朝時代、中国・福建省方面から伝わった製法をもとに創作 |
| 現在の菊型・短冊状の形 | 1908年、新垣菓子店(新垣淑康)がレンガ釜で焼いて以降に確立 |
ちんすこうは小豆餡を使わず、小麦粉・砂糖・ラードだけで作る点が、本土の和菓子(餡を主役にするものが多い)と大きく異なります。このため「ちんすこうは和菓子なのか」という疑問が検索でもよく見られますが、専門的には沖縄固有の「琉球菓子」というカテゴリに属し、本土の和菓子とも、バターや生クリームを使う洋菓子とも異なる独自の系統として扱われています(ウィキペディア「ちんすこう」、2026-11-02確認)。
名前の由来と琉球王朝時代の歴史

ちんすこうの名前は、中国語表記「金楚糕」の読みが変化したものとされています。「金楚糕」という漢字表記には「黄金色に輝き、ほどけるような口当たりの焼菓子」という意味が込められており、沖縄での発音は「きんすこう」に近かったとされます(ウィキペディア「ちんすこう」、2026-11-02確認)。
由来については、琉球王国(1429〜1879年)の時代、料理座(宮廷の料理方)の包丁人が、中国・福州で学んだ中国菓子の製法と、薩摩藩の接遇の際に学んだ日本菓子の要素を組み合わせて創作したという説が広く紹介されています。当初は中国の蒸し菓子「鶏卵糕」に近い、蒸して作る菓子だったとされ、琉球王朝時代には王族・貴族だけが祝い事の際に口にできる特別な菓子として扱われていました(ウィキペディア「ちんすこう」、note「琉球王朝から続く沖縄の伝統銘菓!ちんすこうの起源と名前の由来とは?」、2026-11-02確認)。
なお、創作に関わった人物の名前は資料によって表記が異なり、特定の人物名や年代を一つに断定できる一次資料は確認できなかったため、本記事では「料理座の包丁人」という役割の紹介に留めます。
なぜ「和菓子」ではなく「琉球菓子」と呼ばれるのか

最大の理由は使用する原材料と製法の違いです。本土の和菓子は小豆餡・寒天・求肥など植物性の材料を主役にするものが中心ですが、ちんすこうは小麦粉・砂糖・ラード(豚脂)を練って木型や金属型に入れて焼く、小麦粉主体の焼き菓子です。ラードを使う点は、豚肉料理が豊富な沖縄の食文化とも共通しており、あんこ文化を中心に発展した本土の和菓子とは系統が異なります。
| 比較項目 | 本土の和菓子 | ちんすこう(琉球菓子) |
|---|---|---|
| 主な材料 | 小豆餡・寒天・求肥・米粉など | 小麦粉・砂糖・ラード |
| 文化的系統 | 日本本土で発展 | 中国(福建省方面)の菓子文化を琉球独自に発展 |
| 代表的な食感 | もち・餡を使う柔らかい食感が多い | クッキーに近いサクサクとした食感 |
この違いから、サーターアンダーギー(小麦粉・砂糖・卵を油で揚げた菓子)などと合わせて、ちんすこうは「大和の和菓子」とは異なる「琉球菓子」という独自のカテゴリに属すると整理されています(当サイト「沖縄の和菓子おすすめ完全ガイド」でも紹介している分類です)。
新垣菓子店による近代化と「ちんすこう」を守った商標事件

レンガ釜焼きと一口サイズへの改良
現在よく知られている菊型・短冊状のちんすこうの形は、近代に入ってから確立されたものです。1908年(明治41年)、新垣淑康が沖縄で初めての「菓子司」として新垣菓子店を興し、それまで蒸し菓子だったちんすこうをレンガ釜で焼く製法に改め、丸い菊型の焼き菓子として販売を始めました。焼き菓子にしたことで保存性が高まり、日本本土への土産物として持ち帰れるようになったとされています(ウィキペディア「ちんすこう」、shinise.tv「琉球王家の料理人ルーツ!本家新垣菓子店の金楚餻(ちんすこう)」、2026-11-02確認)。
戦後は製造が一時中断しましたが、再開の際に米軍基地で使われていたクッキー用の金属製の型を再利用し、現在よく見られる一口サイズの細長い形に改良されたと複数の資料で紹介されています(ウィキペディア「ちんすこう」、okinawa-miyage.com「ちんすこうとは?沖縄定番!伝統菓子土産の歴史・誕生秘話」、2026-11-02確認)。1975年の沖縄国際海洋博覧会と本土復帰を機に、沖縄を代表する土産菓子としての知名度が全国に広がりました(ウィキペディア「ちんすこう」、2026-11-02確認)。
1975年、「ちんすこう」の名前を守った商標事件
ちんすこうには、名前そのものが特定企業に独占されそうになった出来事があります。1975年、鹿児島県の製菓会社が「ちんすこう」という名称で商標出願をしたことを、沖縄の弁理士・新垣盛克が特許庁の公報で発見しました。新垣は「ちんすこうは沖縄の伝統的な菓子を指す一般的な名称であり、特定の企業が独占登録できる商標ではない」と判断し、沖縄の製菓業者らの代理人として特許庁に異議を申し立てました。この経緯は沖縄タイムスの記事として報じられ、「沖縄のちんすこうを守りたい」という反響が沖縄県内から多く寄せられたと伝えられています(沖縄タイムス「『ちんすこう』を沖縄で名乗れなくなる…47年前の危機を救った弁理士」、2026-11-02確認)。
この一連の異議申し立てを経て、鹿児島の会社による出願は取り下げられ、「ちんすこう」は特定の企業の商標ではなく、沖縄の菓子を指す一般的な名称(慣用商標)として扱われることになりました(沖縄タイムス、特許庁の商標審査基準に関する解説記事、2026-11-02確認)。もしこの異議申し立てがなければ、沖縄県内の製菓業者が「ちんすこう」という名前を自由に使えなくなっていた可能性があったという、知的財産と地域の菓子文化を結ぶ出来事です。
ちんすこうに関するよくある質問
Q1: ちんすこうは和菓子ですか?
広い意味で「日本の伝統的な菓子」として紹介されることはありますが、小豆餡を主役にする本土の和菓子とは原材料(小麦粉・砂糖・ラード)も文化的な系統も異なります。専門的には「琉球菓子」という沖縄固有のカテゴリに分類されます。
Q2: ちんすこうの名前の由来は何ですか?
中国語表記「金楚糕(きんそこう)」の読みが変化したという説が広く紹介されています。「黄金色に輝き、ほどけるような口当たりの焼菓子」という意味が込められているとされます。
Q3: 今の菊型・短冊状の形になったのはいつですか?
1908年(明治41年)に新垣菓子店がレンガ釜で焼く製法に改めたのが現在の焼き菓子としての始まりで、戦後に米軍基地のクッキー型を再利用したことで、現在よく見る細長い一口サイズの形に変わったとされています。
まとめ:ちんすこうのポイント
- ちんすこうは小麦粉・砂糖・ラードが主原料の焼き菓子で、小豆餡を主役にする本土の和菓子とは系統が異なる「琉球菓子」に分類される
- 名前は中国語表記「金楚糕」の読みが変化したとされ、琉球王朝時代に中国伝来の製法から創作されたという説が広く紹介されている
- 1908年、新垣菓子店がレンガ釜焼きに改良したことで現在の焼き菓子の形が確立し、戦後は米軍基地のクッキー型の再利用で一口サイズに変化した
- 1975年、鹿児島の企業による商標出願に対し沖縄の弁理士が異議を申し立て、「ちんすこう」は特定企業の商標ではなく沖縄の菓子を指す名称として守られた
沖縄の菓子文化全体については沖縄の和菓子おすすめ完全ガイドで、老舗店や他の銘菓もあわせて紹介しています。
参考情報
- ウィキペディア「ちんすこう」(https://ja.wikipedia.org/wiki/ちんすこう)
- note「琉球王朝から続く沖縄の伝統銘菓!ちんすこうの起源と名前の由来とは?」(https://note.com/hayasakanagisa/n/ndefacd72dd3d)
- shinise.tv「琉球王家の料理人ルーツ!本家新垣菓子店の金楚餻(ちんすこう)」(https://shinise.tv/arakakikashiten-naha/)
- okinawa-miyage.com「ちんすこうとは?沖縄定番!伝統菓子土産の歴史・誕生秘話」(https://okinawa-miyage.com/user_data/chinsukou)
- 沖縄タイムス「『ちんすこう』を沖縄で名乗れなくなる…47年前の危機を救った弁理士」(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/957644)

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