最終更新: 2026-10-28
山芋のふんわりとした食感が特徴の鹿児島銘菓・かるかん(軽羹)。卵もバターも使わないのに、しっとりきめ細かい生地ができる理由をご存じでしょうか。実はこの菓子、老舗「明石屋」自身の公式記録の中に、起源について時代の異なる二つの話が伝わっています。この記事では、かるかんの名前の由来、歴史の二つの記録、よく似た「かるかん饅頭」との違いを一次資料で確認しながら整理します。
かるかんとは?基本情報を一覧で確認

かるかんは、すりおろした自然薯(山芋)に米粉・砂糖・水を混ぜて蒸し上げた、白くきめ細かい蒸し菓子です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 分類 | 蒸し菓子 |
| 主な原材料 | 自然薯(山芋)、かるかん粉(米粉)、砂糖、水 |
| 発祥地 | 薩摩藩(現・鹿児島県) |
| 名前の表記 | 軽羹(かるかん) |
| 形状 | 棹物(切り分けて食べる)とかるかん饅頭(あん入り・個包装)の2種類 |
名前の由来:「軽い羹(あつもの)」と薩摩藩の記録

「軽羹」という名前の由来には諸説ありますが、老舗「明石屋」の公式サイトでは「軽い羹(羊羹)」という意味に由来するという説を紹介しています。「羹」はもともと中国で汁物を指す言葉でした(明石屋公式サイト「軽羹という名の由来」、2026-10-28確認)。
同サイトによると、江戸時代のしっぽく料理書『割烹余録』に記された「薩摩侯饗宮川侯卓子式」という献立(22代藩主・島津重豪の頃のものとみられる)に、「羹」の字に「カルカン」とルビを振った記載が見られるといいます。この献立は琉球との交流に由来する内容が多く、中国風の料理様式だったことから、軽羹の名は大陸(中国)系の言葉が薩摩藩に伝わったものと考えられています(同、2026-10-28確認)。
起源は二つ伝わる:元禄時代の記録と、斉彬公・八島六兵衛の物語

かるかんの起源については、明石屋自身の公式サイトの中に、時代の異なる二つの記録が併記されています。
一つは、同サイトの「軽羹の初見」で紹介されている最古の記録です。「『軽羹』がこの世に生まれたのは、今から遡ること三百年前。時は元禄、島津家二十代綱貴の五十歳の祝いの席に用いられたのが、最も古い記録」と説明されており、元禄時代(1688〜1704年)にはすでにかるかんが存在していたことになります(明石屋公式サイト「軽羹の初見」、2026-10-28確認)。
もう一つは、「軽羹と斉彬公」のページで紹介されている、明石屋創業にまつわる物語です。薩摩藩11代藩主・島津斉彬公(1851年に藩主就任)が、保存食の研究のために播州明石出身の菓子職人・八島六兵衛を江戸から招き入れ、そのお菓子が評判となって「明石屋菓子」と呼ばれるようになったとされています(明石屋公式サイト「軽羹と斉彬公」、2026-10-28確認)。農林水産省の資料でも、同様に斉彬公と八島六兵衛による考案説が紹介されています(農林水産省「にっぽん伝統食図鑑」、2026-10-28確認)。
この二つの記録を単純に時系列で並べると、元禄時代の記録(1700年前後)は斉彬公の時代(1850年代)より150年以上古く、かるかんという菓子自体は斉彬公が藩主になるよりずっと前から存在していたことになります。斉彬公・八島六兵衛の物語は、現在の「かるかんの元祖」を名乗る明石屋という店の由来としては確かな記録ですが、かるかんという菓子そのものの発明者とは言い切れない点に注意が必要です。実際、明石屋自身の公式サイトでも、明石屋としての最初の記録は「弘化4年(1847年)、27代斉興の時代」の鷹狩りの記録とされており、斉彬公が藩主に就任する前にはすでに明石屋がかるかんに関わっていたことがうかがえます(明石屋公式サイト「軽羹元祖明石屋の歴史」、2026-10-28確認)。
かるかんとかるかん饅頭の違い

「かるかん」と「かるかん饅頭」は、生地は同じでも形と中身が異なります。
| 項目 | かるかん(棹物) | かるかん饅頭 |
|---|---|---|
| 形 | 長方形の棹状で蒸し、切り分けて食べる | あんを生地で包んで丸く成形した個包装 |
| 中身 | 生地のみ(あんは入らない) | 生地でこしあんを包む |
| 成立時期 | 原型(棹物が先) | 明治時代以降に派生 |
棹物のかるかんは、自然薯と米粉と砂糖そのものの風味を味わう菓子である一方、かるかん饅頭は生地と小豆のこしあんの組み合わせを楽しむ菓子です。製法の基本(自然薯・米粉・砂糖・水を使う点)は共通しています(桐屋さくら屋「かるかんとかるかん饅頭の違いとは」、2026-10-28確認)。
なぜ鹿児島で生まれたのか:シラス台地の自然薯

かるかんが鹿児島に根づいた背景には、地理的な条件があります。鹿児島県は火山灰土壌の「シラス台地」が広がり、かるかんの主原料である自然薯(山芋)の栽培に適した土地でした。また、奄美や琉球との交流を通じて、当時貴重品だった砂糖も比較的入手しやすい環境にあったとされています(明石屋公式サイト「かるかんが鹿児島発祥である理由」、農林水産省「にっぽん伝統食図鑑」、2026-10-28確認)。
当初は大名家の婚礼や年始などの儀式で用いられる「殿様菓子」でしたが、明治時代になって庶民も口にできるようになったといいます(農林水産省「にっぽん伝統食図鑑」、2026-10-28確認)。
栄養成分:100gあたり226kcal
かるかんは文部科学省の日本食品標準成分表(八訂増補2023年、食品番号15011)に収録されています。100gあたりのエネルギーは226kcal、たんぱく質2.1g、脂質0.3g、炭水化物54.8gです(同、2026-10-28確認)。卵やバターを使わないぶん、同じ分量の洋菓子と比べて脂質が少ないのが特徴です。
和生菓子の出荷額、鹿児島県は全国31位
経済産業省 経済構造実態調査(2022年、品目編)によると、鹿児島県の和生菓子出荷金額は45億3,200万円で、都道府県別では全国31位です(全国計は4,507億1,500万円)。1事業所あたりの出荷額は全国平均のおよそ0.43倍で、大規模な量産拠点というより、明石屋のような老舗が個別に歴史を受け継いできた土地柄がうかがえます。
まとめ:かるかんは自然薯の恵みと、二つの時代の記録を持つ菓子
- かるかん(軽羹)は自然薯・米粉・砂糖・水を蒸し上げた鹿児島銘菓で、名前は「軽い羹」に由来するとされる
- 老舗「明石屋」の公式記録には、元禄時代(約300年前、島津綱貴の祝いの席)という最古の記録と、島津斉彬公・八島六兵衛による考案という物語の、時代の異なる二つの起源が伝わっている
- かるかん(棹物)はあんなし、かるかん饅頭はあん入りという違いがあり、饅頭は明治時代以降に派生した
- 鹿児島のシラス台地での自然薯栽培と、奄美・琉球経由で入手しやすかった砂糖が、かるかんが根づいた背景とされる
- 100gあたり226kcal(文部科学省日本食品標準成分表八訂増補2023年)
和菓子の種類について他にも知りたい方は、みたらし団子とは?や今川焼きとは?の記事も参考にしてください。鹿児島のほかの銘菓を知りたい方は鹿児島の和菓子おすすめ完全ガイドもご覧ください。和菓子全体の分類を知りたい方は和菓子の種類を徹底解説もご参照ください。
参考情報
- 御菓子司 明石屋 公式サイト「軽羹(かるかん)とは」(https://www.akashiya.co.jp/stories/001.html、2026-10-28確認)
- 御菓子司 明石屋 公式サイト「軽羹の初見」(https://www.akashiya.co.jp/stories/002.html、2026-10-28確認)
- 御菓子司 明石屋 公式サイト「軽羹という名の由来」(https://www.akashiya.co.jp/stories/003.html、2026-10-28確認)
- 御菓子司 明石屋 公式サイト「軽羹元祖明石屋の歴史」(https://www.akashiya.co.jp/stories/004.html、2026-10-28確認)
- 御菓子司 明石屋 公式サイト「軽羹と斉彬公」(https://www.akashiya.co.jp/stories/005.html、2026-10-28確認)
- 御菓子司 明石屋 公式サイト「かるかんはなぜ鹿児島発祥なのでしょうか?」(https://www.akashiya.co.jp/customer/qa_12.html、2026-10-28確認)
- 農林水産省「かるかん|にっぽん伝統食図鑑」(https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/traditional-foods/menu/karukan.html、2026-10-28確認)
- 桐屋さくら屋「かるかんとかるかん饅頭の違いとは? 鹿児島銘菓の形・中身」(https://www.kiriyasakuraya.com/blogs/detail/9、2026-10-28確認)
- 文部科学省「日本食品標準成分表(八訂)増補2023年」食品番号15011(https://www.mext.go.jp/a_menu/syokuhinseibun/mext_00001.html、2026-10-28確認)
- 経済産業省・総務省「経済構造実態調査」2022年、品目編 — 都道府県別の和生菓子出荷金額(e-Stat 政府統計の総合窓口、https://www.e-stat.go.jp/)


コメント