州浜(すはま)とは?名前の由来とすあまとの違い、京都の老舗が紡いだ継承の物語

州浜(すはま)とは?名前の由来とすあまとの違い、京都の老舗が紡いだ継承の物語 和菓子の種類

最終更新: 2026-10-29

「州浜(すはま)」と「すあま」、名前が似ているため同じ菓子だと思われがちですが、原材料も製法も異なる別の和菓子です。州浜は、大豆や青豆を煎って挽いた「州浜粉」を水飴と砂糖で練り上げたしっとりとした菓子で、米粉を蒸して作るすあまとは原材料からして違います。この記事では、州浜という名前の由来、すあまとの違い、そして京都で360年続いた老舗が一度は店を閉じながらも途絶えなかった継承の物語を、一次資料で確認しながら解説します。

州浜とは?基本情報を一覧で確認

2026 10 29 suhama toha h2 00

州浜は、大豆・青豆を煎って挽いた「州浜粉」に砂糖と水飴を加えてよく練り合わせた、しっとりとした食感の和菓子です。

項目 内容
分類 練り菓子(州浜粉+砂糖+水飴)
主な原材料 州浜粉(大豆・青豆を煎って挽いた粉)、砂糖、水飴
別名 豆飴(まめあめ)
名前の由来 断面が「州浜紋」に似ていたことから
主な産地 京都

大豆だけを使った黄色い州浜や、青豆の緑と大豆の黄色を染め分けたものなど、色の組み合わせにもバリエーションがあります(京都通百科事典「州浜」、2026-10-29確認)。

名前の由来:「州浜紋」に似た断面から

2026 10 29 suhama toha h2 01

州浜という名前は、菓子そのものの形状ではなく、京都の菓子店「植村義次」が作った豆飴の断面が「州浜紋」という文様に似ていたことに由来するとされています(京都通百科事典「州浜」、2026-10-29確認)。

州浜紋とは、海岸にできる島のような洲(三角州)の形を文様化したもので、丸を三つ組み合わせた柔らかい曲線を特徴とします。もともとは中国の蓬莱山(仙人が住むとされる伝説の山)を模した祝賀用の調度品「州浜台」に由来し、平安時代から慶賀の席で使われてきました。江戸時代には婚礼の飾り物としても用いられ、縁起の良い文様として家紋にも採用されています(コトバンク「州浜台」、家紋データベース「洲浜紋」、2026-10-29確認)。

菓子としての州浜の起源については、鎌倉時代の京都の菓子店「松寿軒」が考案したという説が伝わっていますが、この説を直接裏付ける史料は確認できていません。一方、江戸時代の随筆『嬉遊笑覧』(1830年)には、麦芽と大豆を粉にして練り、竹の皮に包んだ「飴粽(あめちまき)」が「豆飴」とも呼ばれていたという記録があり、州浜に近い菓子が江戸時代には存在していたことがうかがえます(京都通百科事典「州浜」、2026-10-29確認)。

すあまとの違い:名前は似ていても別の菓子

2026 10 29 suhama toha h2 02

州浜とすあまは名前の響きが似ているため混同されやすいですが、原材料・製法・主な地域のいずれも異なります。

項目 州浜(すはま) すあま
主な原材料 州浜粉(大豆・青豆)、砂糖、水飴 上新粉(米粉)、砂糖、水
製法 粉を砂糖・水飴で練り合わせる 生地を練って蒸し上げる
食感 しっとり もちもち
主な地域 関西(京都) 東日本

すあまは紅白に色分けされ、祝い事で切り分けて食べられることが多い米粉の蒸し菓子です。州浜は豆の風味を生かした練り菓子で、原材料に穀類(米)を使わない点が最大の違いです(和菓子の魅力「すはまの由来・歴史や特徴」、2026-10-29確認)。両者は見た目の色味や縁起物として使われる場面が似ているため、同じ菓子だと誤解されやすい組み合わせといえます。

360年続いた京都の老舗「植村義次」、一子相伝の歴史

2026 10 29 suhama toha h2 03

州浜を代表する京都の老舗が「御州濱司 植村義次」です。明暦3年(1657年)に創業し、丸太町通で360年近くにわたって州浜を作り続けてきました(crea.bunshun.jp「シンプルで美しい伝統菓子”すはま”を」、2026-10-29確認)。

この店は一子相伝、つまり代々一人の跡継ぎにのみ製法を伝える形を守っていましたが、14代目が体調を崩し、後継者がいなかったため、2016年に店を閉じることになりました(Lmaga.jp「京都・老舗の継承」、relay Magazine「すはまを残したいという気持ちで引き継いだお店」、2026-10-29確認)。

絶えなかった伝統:「すはま屋」への継承

2026 10 29 suhama toha h2 04

植村義次の360年の伝統は、閉店後も途絶えませんでした。継承したのは芳野綾子さんです。

芳野さんの父親は、茶道・武者小路千家で3代続く教授で、一家は曽祖父の頃から植村さんと家族ぐるみの付き合いがあり、毎年の初釜(新年最初の茶会)には植村義次の州浜があるのが当たり前だったといいます。植村義次が閉店して初釜の州浜が用意できなくなったとき、父親が植村さんに相談したところ「そこまで言うんやったら自分で作ってみたら」という話になり、父親が製法を習いに行くことになりました。最終的に芳野さんが本格的に製法を引き継ぎ、2018年11月、同じ丸太町の地で「すはま屋」を開業しました(Lmaga.jp「京都・老舗の継承」、relay Magazine「すはまを残したいという気持ちで引き継いだお店」、2026-10-29確認)。

芳野さんは自身の店を「植村義次直伝」の州浜として位置づけており、一子相伝で守られてきた360年の製法は、血縁ではなく茶道を通じたつながりの中で次の世代に受け継がれました(同、2026-10-29確認)。

京都府の和生菓子出荷額、全国8位

経済産業省 経済構造実態調査(2022年、品目編)によると、京都府の和生菓子出荷金額は211億3,500万円で、都道府県別では全国8位です(全国計は4,507億1,500万円)。州浜のような手作りの練り菓子を代々伝える老舗が多い土地柄が、出荷額の規模にも表れているといえます。

まとめ:州浜は豆の風味と、途絶えなかった継承の物語を持つ菓子

  • 州浜(すはま)は州浜粉(大豆・青豆を煎って挽いた粉)を砂糖・水飴で練った菓子で、米粉を蒸すすあまとは原材料も製法も異なる
  • 名前は、京都の老舗「植村義次」が作った豆飴の断面が、縁起の良い文様「州浜紋」に似ていたことに由来するとされる
  • 州浜紋はもともと中国の蓬莱山を模した祝賀用の調度品に由来し、婚礼など祝いの席で使われてきた文様
  • 植村義次は1657年創業・一子相伝で360年続いたが、2016年に後継者不在で閉店
  • 茶道でのつながりを通じて芳野綾子さんが製法を継承し、2018年に「すはま屋」として伝統を絶やさなかった

和菓子の種類について他にも知りたい方は、かるかんとは?やすあまとは?の記事も参考にしてください。茶道の場で出される和菓子について知りたい方は茶道の和菓子の選び方もご覧ください。

参考情報

  • 京都通百科事典「州浜」(https://www.kyototuu.jp/Life/KashiSuhama.html、2026-10-29確認)
  • 和菓子の魅力「すはまの由来・歴史や特徴」(https://wagashimiryoku.com/wagashi/suhama/、2026-10-29確認)
  • コトバンク「州浜台」(https://kotobank.jp/word/%E5%B7%9E%E6%B5%9C%E5%8F%B0-542994、2026-10-29確認)
  • 家紋データベース「洲浜紋」(https://kamondb.com/nature/126/、2026-10-29確認)
  • CREA「シンプルで美しい伝統菓子”すはま”をコーヒーと楽しめる京都烏丸の専門店」(https://crea.bunshun.jp/articles/-/22326、2026-10-29確認)
  • Lmaga.jp「【京都・老舗の継承】360年続いた一子相伝「すはま」が断絶?!」(https://www.lmaga.jp/news/2025/04/901450/、2026-10-29確認)
  • relay Magazine「すはまを残したいという気持ちで引き継いだお店。360年の歴史があるすはま作りに挑戦した若き店主」(https://relay.town/magazine/suhamaya/、2026-10-29確認)
  • 経済産業省・総務省「経済構造実態調査」2022年、品目編 — 都道府県別の和生菓子出荷金額(e-Stat 政府統計の総合窓口、https://www.e-stat.go.jp/)


コメント

タイトルとURLをコピーしました